世界は推しでできている

若手俳優を推しているおたくの独り言墓場

「行けないけど」という枕詞

推しがツイッターしてるって、すごい世界だと思いませんか?

最近の子たちからしたら当たり前のことなのかもしれないんだけど、ダイヤルアップ接続とかそういうワードのなかを駆け抜けてきた世代としては、推しくんが打った文字をSNS上で受け取れるこのご時世ってすごいなって思うんですよね。

10年くらい前は、若手俳優といえば某ブログっていう感じで、私も更新通知を受け取るRSSフィードを片っ端から登録したりしていました。いまもブログを継続している俳優さんも多いし、事務所の方針なのかブログのみって方もいるし。でも圧倒的に「まずツイッター」スタイルになっていますよね。

なにこの素敵な時代。

ツイッターをやるのは賛否両論あると思うし、リアルタイムで気軽に投稿できちゃう分、超可燃性の火種でもあると思うんだけど、あんなに「あ~推しくんもこの世に生きてるんだな。人として日常を送ってるんだな」と思わせてくれるツールって他に類を見ないですよね。少なくとも私はそういう風に推しくんのツイートを眺めています。

もしかしたら、役なり芝居なりからファンになった人にとっては、素の部分が垣間見えるツイッターってあんまりおもしろくないんですかね。たまに見かけるんですよね、「キャラ(その人が演じた役)くんのイメージと違うから、やめてほしい」みたいな意見。原作厨と呼ばれるタイプの方による、一種の拒否反応だとは思うんだけど、だったら見るなって話ですよね。ちゃんちゃらおかしい。そのアカウントが「as キャラ名」みたいな、俳優によるなりきり垢(もはや何を言っているのかわからないけど)ならその文句もわかるけど、よく見て!アカウント名、なんになってる?よく読んでね!って言いたくなります。

スーパーポジティブ変換によって、なるほど役と役者を公私混同(?)してしまうくらい、推しくんの演技は完璧にキャラに見えていたんだね、よかったよかった、って思うようにしています。ハッピーな脳みそでよかった。

で、まあなにが言いたいのかっていうと、推しくんのツイッターがひたすらかわいいよ~~~っていう話なんですが、こんなハッピーなシナプスでも、どうしても解せないことがあるんですよね。

あの、俳優さんの「今日は○○です!頑張ります!」という意気込み溢れる抱負ツイートに、「今日行けないけどがんばってください!」「どうしても行けなくって…でも応援してます!」ってリプする人種は、なんなんですかね???

もうこればっかりは本当に理解出来なくって!!!

無意味に本人をタグ付けしたり、リプすればいいのにわざわざ引用リプでリプらしきことをしている人たちなんかとは比べ物にならない意味のわからなさ。妖怪かな?UMAかな?

あの「行けないけど」リプに含まれている成分ってなんなんでしょうね。役者側からしてみれば、完売じゃないなら一席でも多く埋まって欲しいだろうに、リプ欄に並ぶ「行けない」オンパレード。ましてや、「これから行ってくるぞー!がんばってきまーす!」っていう熱い気持ちのところに投げ込まれるこの手のリプは、ただただもうモチベーションの害でしかないと、私は感じてしまうんだけど、これを見ないことはないというくらいよく見かけるんですよね。

送ってる方々の気持ちとしては、逆出席確認なんですかね。よくわかりません。ただ応援している気持ちを伝えたいなら、「行けない」っていう枕詞つけなきゃいいのになって思っているんですが、多分今後もなくなることはないんだろうなぁ。

推しくんはリプもちゃんと目を通しているようなので(律儀でいい子!)、ただただスルースキルをレベルマにして、平穏な気持ちで今日も元気にツイートしてくれたらいいな、と。そして今日も私に生存確認させてください。